万歩計。

　気のせいか、最近歩数計（俗に言う万歩計）をしている人を見かけなくなった。

健康ブームが一段落したからなのか、同じ腰位置に着けていたポケベル（懐かし

い！）が完全に廃れてしまったからなのか理由は知らない。単なる勘違いかもし

れないし。少なくとも周りでは目にしなくなった。

　１０年ほど前、山形・新庄支局に居たころに知り合ったＳさんという〝山男〟は、

連夜の酒飲みなど不摂生がたたって短期間で２０㌔ほど太ってしまった。困ったＳ

さんは早速万歩計を購入して腰のベルトにしっかりと装着。目標を立てた。

　「一日２万歩」。

　なぜ２万歩なのかはＳさんでも分からない。とにかく２万歩達成に向けて歩き始

めた。山男なので歩くのは得意中の得意。休日はもちろん、仕事と称して（一応、

団体職員なんですが）山へと向かい、ひたすら歩き続けた。

その甲斐あって、数ヵ月後には元の体重に戻った。すっかりシェイプアップしたＳ

さんだったが、よほど体重増の悪夢が怖かったのか、万歩計と歩んできたウォー

キング生活が体にしっくりなじんでしまったのか、その小さな機械を手放せなくなっ

た。

　ある時、馴染みの小さな酒場でばったり出くわし同席した時、「あっ、まずい！」

と言って急に立ち上がったＳさんは、そこで足踏みを始めた。時にもも上げまでし

ながら。

　「２万歩まであと数千歩残ってたんだ、今日は。あと少しだからちょっと待ってく

れ」

　その後、Ｓさんとはめっきり顔を合わせなくなったけど、どうしてるんだろう。その

晩、すっかり酔いがまわってマスターの機嫌が悪くなるほど大声を張り上げてしゃ

べっていたＳさんの姿しか思い出せない。