laid back

ほかから移ってきました。日々、思うところ感じるところを気ままにつらつらと。

バブルの思い出。

 大学生のころ、当時付き合っていた彼女と東京のとあるショットバーに出掛けた。

 2人でバーカウンターに腰掛け、「さて、何を飲もうか」などと話しながら周囲を見渡すと、同じカウンターの離れた席に1組のカップルがいた。2人の目の前には、銀色のワインクーラーが置かれ、その中にシャンパンらしきボトルが冷やされていた。ショットが基本のバーなので、かなり目立つ光景だった。お金持ちだろう匂いを漂わせる知らない男女のカップルの素敵な雰囲気にとても似つかわしい華やかさを感じさせた。

 接客上手な若いバーテンダー他愛のない話をかわし、彼女とお酒を楽しんでいると、そのカップルの接客をしていたバーテンダーがこちらに戻ってきて、ほのかに透き通ったシャンパンが注がれた細長いグラスを2つ、我らの前にスッと差し出した。

 「あちらのお客様からです」

 見れば、40代後半ぐらいの紳士が片手に持ったグラスを顔の高さほどに持ち上げ、「よろしかったらどうぞ」と言っている。連れの20代ぐらいのきれいな女性が隣で微笑んでいた。

 ドン・ペリニヨンとの初めての出合いだった。

 初めて飲むドンペリは、酒のイロハさえほとんど分かっていなかった青二才の大学生には衝撃だった。最初の一口。淡く滑らかな喉越しが、そのまま胃の中にとろけるように流れていった。

 「『シャンパンの王様』ともいわれているんです」

 思い掛けない人から思い掛けない振る舞いを受け、思い掛けない上等なお酒の味に我を忘れそうになっている我らカップルに、バーテンダーはとても優しい口調で教えてくれた。

 それから間もなく、その紳士と若い女性は何事もなかったかのように静かに店を出て行った。

 気障、と言えば気障である。

 時が移ろい、あの紳士と同じぐらいの年齢になった。

 自分のお金でドンペリを飲むことができるようにもなったが、さすがにあんな格好のいい事はできずにいる。

 バブルな時代だった。

 浮かれた経済は泡となって消えたが、淡く素敵な思い出は消えずに残っている。