laid back

ほかから移ってきました。日々、思うところ感じるところを気ままにつらつらと。

無用なトランス状態。

 やれやれ、やっと終わってくれた。

 3日前に投開票が行われた、自宅のある街の市会議員選挙のこと。

 申し訳ないけど、どの顔ぶれにも全く興味がなかった。

 ただただ、選挙期間中毎日毎日やって来る候補者たちにサッサと立ち去っていただきたいなぁと願っていた。相変わらずの立ち居振る舞いに呆れながら。

 朝から晩まで入れ替わり立ち替わり選挙カーが住宅街を走り回り、候補者の名前が違うだけで同じセリフを大音量で連呼するってどうなのよ?

 うるさいだけ。

 はっきり言って、迷惑です。

 関係者以外、大半の住民がこういう行為に対して「いい加減やめてくれよ!」と考えていると思ったほうがいい。

 でも、選挙のたびごと、同じ光景が続いている。いつまでたっても変わらない。

 関わっている人たちだけが日を追うごとに熱を帯びてくる“お芝居”。最終日なんか、呼び掛けというレベルを超えて、もう絶叫でしかなかった陣営が少なからずあった。

 どうにかしてほしい、この状況。

 でも、どうにもならない。

 だから、ずっと続く。

 多くの人々は呆れ、投票所に行く気持ちさえ萎える。

 「住民は選挙に無関心」。よく聞く言葉だが、住民ばかりが悪いのか? 

 震災後、各方面で、人々の価値観が変わった、ということがいわれる。

 でも、変わらない事柄はこの世にあまたある。

 「必勝」とか書かれた鉢巻きを頭に巻き、「頑張ろう!」などと気合を入れ、歓迎されない「叫びの連呼」で“騒音”をあちらこちらでまき散らす。

 関係者だけの関係者による関係者だけのための祝祭。

 当事者はかなりの酩酊(めいてい)状態で、われわれ有権者住民は醒めきっている。