laid back

ほかから移ってきました。日々、思うところ感じるところを気ままにつらつらと。

Vol.110 カウンターの中で学んだこと。

 先日も書いたけど、学生時代、アルバイトの勤め先はもっぱら飲食店で、バーテンダーの真似事もしていた。華やいだバーの空気感が嫌いではなかったので、その道に進もうかと考えたこともあった。

 初めて〝水商売〟を経験した店が、当時流行りだったカフェバー。昼は喫茶店で、夜になると照明を落とし、甘いフュージョン系の音楽を抑え気味の音量で静かにレコードで流すような店だった。高校を卒業したばかりの自分には、何もかもが新鮮だった。そこで出会った人たちとは今でも付き合いがある方々もいるが、自分の人生にとって大きな影響を与えてくれたのがKさんだった。

 5歳ぐらい年上のKさんは、中学卒業と同時にその世界に入った。いわゆる元不良だったが、自分が出会ったころは、20代前半にしてその店の店長を務め、とても落ち着いた物腰で、接客のプロといえるほどに(自分の目にはそう映った)てきぱきと仕事をこなしていた。彼の人柄にほれ込んで店に来るお客さんは男女問わずかなりの数がいて、毎晩のように店はにぎわっていた。

 そんな彼に、とてもよくしてもらった。アルバイトとはいえ、仕事に対する注文はかなり厳しく、ひどく叱られた事も何度かある。それでも辞めたいとは思わなかった。厳しさの中に優しさがあったKさんから、いろんな事を吸収したいという好奇心が大きかったからだと思う。それは、学校では決して学ぶことの無い、だが実は、知っておいて全く損のない人生における幾つかの重要な事が数多くあった。

 特に、酒場での大人の男の振る舞い方のイロハを学んだような気がする。だらしのない飲み方や嫌味な飲み方、嫌われる飲み方など、大人の男がやってはいけないマナーというものをさりげなく教えてくれた。それが今でもきちんとできているかどうかはかなり怪しく、自信は全くないが、とにかく、そのころはこだわりの飲み方という未知の世界を体験させてもらった。女性のエスコートの仕方なども、おそらく、Kさんの影響が大きいと思うのだが、Kさんとは違って全くモテなかった自分は、その知識を生かす機会にほとんど恵まれることはなかった(今考えると、これが一番悔しい!)。

 「威張るな。奢るな。虚勢を張るな」

 直接、言葉にして言われたことはなかったが、Kさんが飲み手に求める姿勢はこういうことだったと思う。

 1年半ほどその店でバイトし、次に移った店は、ママとホステスがいるバーだった。前の店とは違い、お客さんの年齢層はぐっと高くなり、大半がサラリーマンか会社経営者だった。ボトル1本入れて1時間ほど飲めば軽く2万円以上はしたから、安くはない店だ。柄にも無く、というか人手が足りず、唯一男性スタッフの自分はチーフを任され、お客さんとの会話の進行やホステスさんの世話などをこなす係りだった。

 今思い出しても、あまり好きになれない店だった。水商売の裏側をのぞいてしまったからでもあり、お客の大半が、Kさんが毛嫌いしていた飲み方を心掛けていたからだ。騙し騙されの世界に片足を突っ込みながら、彼らおじさんサラリーマンの姿を反面教師にしていた自分がいた。「こうはなりたくないよな」と心の中で思いながら、ヘラヘラと笑いながらお酒をついで会話を進めることを平気に続けられているほど自分は大人ではなかった。

 ある日、お客がいる前でママと大喧嘩してその店を辞めた。やってしまったことに全く後悔はしていないが、今なら別の辞め方もあっただろうな、とは思う。

 思い起こせば、バイトとはいえ、さまざまな経験をした夜の世界だった。斜に構えて、醒めた目で世の中を見るようなところがあるのも、こうした経験があるからだと思う。

 カウンターの内側から見た景色が、今の自分の土台のひとつになっている気がするのだ。